『SCANIA(スカニア)』の象徴であるV8エンジンは、豊かなパワーと高い信頼性だけでなく、省燃費と高い環境性能も兼ね揃えています。そして2019年は、スカニアV8エンジンが誕生してから50周年、というメモリアルイヤーでした。そこで今回は「スカニアV8エンジンの50年」特集の第2弾として、「なぜV8が開発されたのか」など、スカニアV8エンジンが開発された経緯や秘話、開発に関わった人たちをご紹介します。
「スカニアV8誕生50周年特集」VOL.01〜スカニアのパワーの象徴「V8エンジン」50年の歴史を振り返る〜 はこちら
V8エンジンが生まれた背景と、「V8エンジンの父」
画期的なキャブオーバー型スタイルを採用した「LB76型」。1960年代半ばに生産された。エンジンは直6の11ℓで、ターボチャージャー付きのLB76スーパーでは、250hp超の高出力を達成していた。
第二次世界大戦後の復興に応じて拡大を続ける輸送量に対し、スカニア(スカニア・ヴァビス)は直噴ディーゼルエンジンを開発、ターボチャージャーを装着するなど、次々と高出力化して対応を行っていました。1960年代初頭には、直6・11ℓエンジンが250hpに達しており、当時の長距離輸送には充分な出力を確保していました。しかし、スカニアのエンジニアは、この出力では将来的に輸送力が足りなくなることを予見。特に木材運搬と重長距離輸送に対する需要を満たす、高出力エンジンの必要性を感じていました。
そこでスカニアは、1962年になって、ディーゼルエンジンの設計責任者だったベンクト・ガデフェルト氏に、より強力なエンジンの開発を行うよう、タスクを与えました。ガデフェクト氏は、「優れた運転性能を実現するには約350hpが必要」と考えましたが、このパワーは、現状のエンジンよりもさらに約100hpを上乗せする必要がありました。そのため、最初に直8エンジン採用による排気量増大が計画されました。しかしこのエンジンには大きな問題がありました。キャブオーバー型では、キャブ下のスペースには長い直8エンジンが収まらなかったのです。
1960年代から1980年代後半まで、スカニアのディーゼルエンジン設計責任者だったベンクト・ガデフェルト氏。「スカニアV8エンジンの父」とも呼ばれる。
そんな中、ガデフェルト氏と彼の開発チームが思いついたのが、コンパクトながら大排気量が可能で、高出力が期待できるV8エンジンでした。こうして開発された14.2ℓの90度V8は「DS14型」と名付けられ1969年に出現。345hpの驚異的な高出力を発生し、当時のヨーロッパで最も強力なトラックエンジンと言われました。大きな特徴は「低い回転数で高トルクを発生させる」ことで、エンジンの回転数を抑えることで燃費が向上、エンジンの寿命が延びるだけでなく、騒音も減少、シフトチェンジの回数を最小限に抑えることも可能となりました。スカニアは現在でも低回転域での太いトルクに定評がありますが、その「低回転哲学」は最初のV8エンジンからすでに現れていたのです。
スカニアV8エンジンを生み出したガデフェルト氏は、「スカニアV8エンジンの父」と呼ばれています。氏はその後も、1980年代末にかけてスカニアのディーゼルエンジンの設計責任者として活躍を続けました。
14ℓV8ディーゼルエンジン「DS14型」は最高出力345hp/2300min/r、最大トルク1245Nm/1500min/rを発生。このV8エンジンは、1969年に「LB140型」に初搭載された。
DS14型の特徴的なV字型バルブカバー。各シリンダーヘッドが独立している構造は、現在のV8エンジンも継承する。
生産されなかった幻のV8エンジン
DS14型V8エンジンを搭載したスカニア「LB140型」は、モダンな内外装、溢れ出るパワーと豊かなトルクによって、市場や輸送業界からすぐに高い評価と称賛を獲得。V8エンジン独特のサウンドも人気を得ました。また、V8エンジン搭載車は、それまでの直列エンジン車に比べ、車軸、ギアボックス、およびパワートレーンなどのコンポーネントの摩耗や損傷がわずかだったのです。この高い耐久性、長い耐用年数も、V8エンジンの存在を伝説にした理由のひとつとなりました。
1988年デビューの「3シリーズ」では特にDS14型V8エンジンのパワーアップが進み、420hp、440hp、470hpと進化。1991年にはついに最高出力500hpに至った。
DS14型は増大する輸送需要に合わせて改良が進み、1980年代に入るとターボチャージャーにインタークーラーを装着して420hp、440hp……と最高出力を次々と更新。1991年には500hpを達成しました。しかし厳しくなっていく排出ガス規制に対応するべく、代替となる新世代フラッグシップエンジンの開発がいよいよ行われることになりました。この時、直6の11ℓもしくは14ℓエンジンを開発に注力すべきだと考えるチームと、「V8エンジンはスカニアのマーケティング上重要である」と考えたチームに主張が分かれましたが、結果的にはV8エンジンの採用が決まりました。
1969年登場のDS14型を継承するために開発された72度V8エンジンのプロトタイプ。12基が作られ、現在はスカニア本社に2基が残る。72度V8エンジンはレイアウトが複雑だったため開発は打ち切られ、まったく新しい90度16ℓのV8エンジンを開発することになった。
晴れて新しいV8エンジンの設計が始まりましたが、当時の新しい排出ガス規制のユーロ3に準拠させるためには、全く新しい開発アプローチが求められました。そこでDS14型の90度よりも狭い、72度V8エンジンのプロトタイプが12基作られました。しかしガデフェルト氏は、このエンジンを見て「72度エンジンではクランクシャフトのレイアウトが非常に複雑になるだろう」と警告。結果的に、スカニアは72度V8エンジンの開発を諦め、代わりにまったく新しい90度16ℓエンジンを開発することを選択しました。
残念ながら日の目を見なかった72度プロトタイプV8エンジンですが、現在もスカニア本社に2基が保管されています。
新しいプラットフォームを得て、V8エンジンの排気量は16ℓへ
ミレニアムを迎える直前の2000年、ついに16ℓV8エンジン「DC16型」が登場しました。新エンジンの最高出力は480もしくは580hpに達し、2300もしくは2700Nmもの最大トルクを1100〜1300r/minで発生させました。このエンジン開発の重要なポイントは、モジュール化が行われたことです。V8エンジンのシリンダーを含む多くのコンポーネントは直列エンジンと共用化され、バリエーションの展開の容易性、部品点数の削減など大きなメリットをもたらしました。
2000年に登場した新しいV8エンジン「DC16型」。480hp/2300Nmもしくは580hp/2700Nmという高性能を誇りつつ、ユーロ3にも対応していた。
16ℓエンジンのプラットフォームを開発したプロジェクトマネージャーが、ジヨナス・ホフステッド氏です。ホフステッド氏と彼のチームは、その性能をさらに向上させるべく開発を継続。ユーロ4、ユーロ5といった排気ガス規制への対応だけでなく、パワーの増強も進みました。2010年には大きな改良が行われ、排気量が15.6ℓから16.4ℓへと拡大。最高出力730hp、最大トルクは3500Nmにも達しました。
「私は開発の結果にとても誇りを持っています。スカニアでの35年間のキャリアで、最高の経験です。スカニアの16ℓV8エンジンは発売以来、高い評価を得ており、現行型の高性能エンジンが構築される基盤を作りました」とホフステッド氏は自身の経験を振り返っています。
現在はScania R&Dの副社長を務める、ジヨナス・ホフステッド氏は、新しい16ℓエンジンプラットフォームのプロジェクトマネージャーだった。DC16型エンジン開発を「スカニアでの35年間のキャリアで、最高の経験です」と語る。
2004年にデビューした4シリーズの進化版「PRT(PGR)シリーズ」に搭載されたDC16型では、さらに改良が行われており、ユーロ5に適合しつつも最高出力を620hpまで高めていた。2010年には、730hp版も追加。「世界でも最もパワフルなエンジンの一つ」と称された。
スカニアV8は「持続可能な輸送のリーダー」としてこれからも発展する
50年間の長きにわたり、「King of the Road」というタイトルを獲得し続けているスカニアのV8エンジン。しかしご存知のように地球規模での気候変動など、環境対策は待った無しの状態にあります。このような中で、大排気量の内燃機関であるスカニアV8エンジンの未来は、どうなっていくのでしょうか。
スカニアV8エンジンのチーフエンジニアであるアンダース・ガウ氏は、現在だけでなくこれから先も、大量輸送にはV8エンジンが求められる、と自信を持って語りました。
「スカニアのV8エンジンは、材木輸送や鉱業などのシーンで、重い負荷の貨物を運ぶのに最適な優れた高出力エンジンです。物流の効率化が追求される輸送業界では20年先も、これらの業界に必要な重い荷物を輸送するための大型トラックと、それを動かす強力なV8エンジンの必要性はまだあります。これからも、V8の未来は間違いなくあると思います」
左から、スカニアV8エンジンのチーフエンジニアであるアンダース・ガウ氏、サスティナブルソリューションディレクターのジヨナス・ノルス氏、そして車両の軽量化がカギと語る、元スカニア工業デザインチームのクリストファー・ハンセン氏。
サスティナブルソリューションディレクターのジヨナス・ノルス氏は、V8が持続可能な輸送のリーダーになることができると話しました。
「2030年までのロードマップの中で電動化が推し進められていますが、その10年の間にも何か解決策を用意する必要があります。新しいV8エンジンのプラットフォームでは、すでに最大限にエネルギー消費を抑えています。スカニアが製造するすべてのユーロ 5およびユーロ 6エンジンは、ディーゼルだけでなく、バイオディーゼルまたは 硬化植物油(HVO)で稼働できるように作られています。丘陵地や鉱山、および約70から80トンの重量物輸送が必要な場合、V8エンジンのパワーが必要ですが、V8エンジンの730hp仕様をバイオ燃料または硬化植物油(HVO)で走らせることにより、CO2の問題にも対処できます。これらが、V8エンジンが持続可能な輸送のリーダーになれる理由です」
2016年に登場した最新型の「DC16型」V8エンジンは、EURO6に合致した環境性能、前モデル比約5%の燃費改善、約80kgの軽量化、堅牢性の向上など大きな進化を遂げている。
新モデルに搭載されるV8エンジンには、最高出力730hp仕様が用意される。
2019年に生誕50周年を迎えたスカニアのV8エンジンの歴史を、2回に分けてお送りしました。不変で普遍の哲学を持ったV8エンジンが、どのようにして生まれ、どのように発展してきたのかを追うことで、スカニアV8エンジンがなぜ伝説と呼ばれるのか、そしてその魅力がわかったように思いました。
内燃機関を持ったクルマの次の世代を担うパワートレーンとして、代替燃料、電動化などさまざまなアプローチが採られている中、重い負荷の貨物を運ぶトラックに関しては、エネルギー効率に優れ、高出力と優れた燃費、高い環境性能を持つスカニアV8エンジンの活用に期待したいと思います。これから先の新たな「スカニアV8伝説」を目撃することがあるかもしれません。
スカニアの象徴、V8エンジン。この先60周年、70周年を迎える未来でも、有効で重要な輸送手段であり続けるだろう。
Text:遠藤 イヅル
Photos:SCANIA