スウェーデンに本社を置く、トラック・バス・産業用エンジンメーカー『SCANIA(スカニア)』の象徴であるV8エンジン。豊かなパワーと高い信頼性、象徴的なV8エンブレムと独特のエンジンフィーリングから「King of the Road」とも呼ばれ、更に省燃費、高い環境性能を兼ね揃えており、今日も世界各地で活躍しています。そして2019年は、このV8エンジンが1969年に登場してから50周年というメモリアルイヤーです。そこで今回は、「スカニアV8エンジンの50年」を振り返りたいと思います。
【1969年】輝かしいスカニアV8の伝説と歴史がスタート
117年という長さを誇るスカニアトラックの歴史については、GRIFF IN MAGAZINEで4回にわたってお送りしました。戦後から1970年代までをまとめたVOL.02で、すでにV8ディーゼルエンジンが登場しています。それほどまでに歴史は長いのです。
戦後の輸送力拡大の需要に合わせて、排気量の増大、直噴化など様々な新技術を生み出してスカニアは、1969年、さらなるエンジンのパワー強化のため、トラック用のV8エンジンを初投入し、伝説はここから始まりました。
14ℓV8ディーゼルエンジン「DS14型」は最高出力345hp/2300min/r、最大トルク1245 Nm/1500min/rを誇った。各シリンダーヘッドが独立している構造は、現在のV8エンジンも継承する。
そして誕生したV8エンジン「DS14型」は、排気量14ℓ+ターボチャージャーによって、当時としては驚異的な、最高出力345hp・最大トルク1500Nmを発生。排気量を増加すると燃費が悪化すると一般的には思われがちですが、スカニアエンジンでは、低いエンジン回転で高トルクを出力することで燃費を向上できます。また、エンジンの耐用年数の延長、騒音の減少、さらにギアチェンジの回数も最小限に抑え、長期的な観点でトラブルの可能性を低めてコストダウンにつながる、と考えました。この思想は現代のV8エンジンでも受け継がれています。
DS14型V8エンジンは、1969年に「LB140型」に初搭載された。
1972年にはボンネット型トラックにもV8エンジンを積んだ「L140型」が誕生した。
巨大なタンクをものともせず運ぶスカニアV8エンジンのパワーを象徴するワンシーン。
強力なV8エンジンを搭載したスカニアのLB140は、輸送効率の向上だけでなく、安全な走行双方に利点をもたらしたことで、発売されるとすぐに運送業界から称賛されました。当時の商用車は全般的に低速で、乗用車との速度差が大きく、渋滞を引き起こす原因となることが問題になっていたためです。
1970年代半ばまで、スウェーデンの交通安全局では、トラックが交通の流れを阻害しないスピードで走るためには、総トン数あたりの馬力に一定以上の数値が必要であると考えていました。ドイツではこの数値は8hp/トラックの総重量と設定されていました。この計算では、例えば総重量38tのトラックでは300hpを上回っている必要がありましたが、370hpを発揮するV8エンジンを搭載したスカニアならなら、9.7hp/トラックの総重量という、高い数値の実現が可能でした。
1971年から1978年まで894台が製造された長距離用バス「CR145型」にも、14ℓV8エンジンを搭載。スカニアのバスはシャーシのみの提供、シャーシおよびボディもスカニア製の2パターンがあるが、CR145型はボディもスカニア製だった。
CR145型のリアに、縦置きに積まれたV8エンジンはノンターボ仕様が選ばれ、260hpのパワーを発揮。パワー不足が叫ばれていた当時の長距離バスの中で、コンチネンタルツアラーとして重宝された。(Photo:遠藤 イヅル)
【1980年代以降】V8エンジンにもモジュール式を採用
スカニアの各モデルは、1974年の改良で新たに「1シリーズ」という呼称を与えられました。さらに1980年、スカニアトラックは「2シリーズ」へとフルモデルチェンジ。2シリーズ最大の特徴は、1930年代から進めてきたモジュラーシステムが、いよいよV8エンジンにも本格的に取り入れられたことです。例えばエンジンなら、5気筒、6気筒、8気筒ともにシリンダーブロックの形状を同じとすれば、気筒数を多くしたい場合、シリンダ数を増やすだけでエンジンのバリエーションを容易にします。同様にギアボックス、プロペラシャフト、ファイナルギア、車軸、フレームなどのシャーシコンポーネント、さらにはキャブなど、モジュール化は広範に行われていました。
スカニアのモジュラーシステムは、トラックの製造過程でユーザーのニーズに合わせて多くの仕様変更が要求された際に、それを少数の標準化された部品の組み合わせを変えることで実現し、アフターセールスを通じてユーザーにもより多くのメリットを還元できます。近年では無駄を排除することでビジネス・業務で求められるサスティナビリティ(持続可能性)の要求に答えることにつながっています。
長いタンクトレーラーを力強く牽引する2シリーズのトラクター。14ℓV8エンジンは登場時の380hpから次第に強化され、最高出力の発生回転数もより下げられ、V8エンジンの「低回転の哲学」が推進されていた。
2シリーズのボンネット型トラックにもV8エンジンが積まれた。
スカニアV8エンジンは重量物輸送に威力を発揮する。写真の2シリーズ「142E」が積むV8エンジンは、インタークーラーを備えていた。前面に掲示の「BRED LAST」とは、英語では「WIDE LOAD」や「OVERSIZE LOAD」と訳される。
1988年には2シリーズの進化版として、「3シリーズ」がローンチ。モジュラー化がさらに進みました。V8エンジンのパワーも、2シリーズ途中の1982年にオプションとなったインタークーラー装備仕様で420hp、インタークーラーが標準装備となった1985年からは440hpと次第にアップしていました・3シリーズ登場時にはさらに450hp、そしてディーゼルエンジン制御装置(EDC)装備では470hpに増強されていました。
V8のパワーアップはさらに進み、1991年にはついに最高出力500hp、最大トルク2130Nmに到達。ユーロ1(1993年からEUが導入した排出ガス規制)に適合しての達成でした。
プラントの巨大部材を運ぶ3シリーズ。V8搭載モデルの車名は、それまでと同様に百の位、十の位が示す排気量で判断できた。「143」なら14ℓを積んだ3シリーズを示す。当時の命名方法の詳細は「革新の文化を継続してきた「スカニアトラック117年の歴史」VOL.03〜1980 年代から1990年代まで〜」を参照されたい。
「スカニアトラック117年の歴史」VOL.03〜1980年代から1990年代まで 〜記事はこちら〜
3シリーズのV8エンジンは、最大で500hpを達成した。グリルにも、誇らしげに“500”の文字が刻まれる。
スカニアトラックの開発は続き、1995年にはフルモデルチェンジによって4シリーズが姿を現しました。4シリーズに搭載の14ℓV8エンジンの出力は530hp、最大トルクも2,300 Nmに向上しました。1969年の登場時と比べると、馬力は50%以上増加し、トルクは85%増加したことになります。
2000年には排気量を16ℓまで拡大した新しいV8エンジンを投入。このエンジンももちろんモジュラーシステムの概念を踏襲していました。同年から導入された排ガス基準ユーロ3にも適合し、かつ最高出力も過去最強の580hpへとアップしました。
1969年から2002年までに生産され、トラック、バス、産業用に販売された14ℓV8エンジンの総数は、178,383機となりました。
16ℓV8エンジンを搭載する4シリーズ R164G/480が、高速道路を快走する。
1969年の登場以来14ℓだったスカニアのV8エンジンは、2000年に480hp/2300Nmもしくは580hp/2700Nmを発生する16ℓエンジン「DC16型」に変更された。
【2000年代以降】環境性能・省燃費に対応したV8エンジンを次々と投入
4シリーズの進化版「PRT(PGR)シリーズ」の登場は2004年。ますます厳しくなる排出ガス規制ユーロ5に対応をしつつ最高出力620hp/3000Nmを達成するなど、改良の手を一切休めることはありませんでした。そして遂に2010年には、世界でも最もパワフルなエンジンの一つと言われる730hp版もデビューしています。
4シリーズは2004年のモデルチェンジで「初代PRT(PGR)シリーズ」に進化を遂げた。命名方法も変わり、写真のR500を例にとれば、その数字が示す通り最高出力500hpを表すようになった。
巨大なドイツ製パイルドライバーを運ぶスカニア。スカニアの高出力・高トルクは、重機の輸送における最適なソリューションだ。
スカニア8×4トラクターが、風力発電用のブレードを積んだ後輪ステア式のトレーラーを牽引する。巨大な部材の輸送にも、スカニアV8のハイパワーエンジンが大いに貢献する。日本国内でも、風力発電機の部材をスカニアが運ぶシーンが展開されている。
風力発電用風車の巨大な部材を運ぶスカニアを追う 〜記事はこちらから〜
オーストラリアのロードトレインで使用される、2013年以降のスタイルを持ったR560。
最高出力730hp、最大トルク3500Nmという驚異のパワー・トルクを誇るR730。欧州における木材輸送市場では、スカニアの人気が伝統的に高い。日本でも林業用トラックとして導入が進んでいる。
スカニアのパワフル&タフな性能は、林業用トラックに最適 〜記事はこちらから〜
ユーロ6および日本の平成28年排出ガス規制に適合した、最新のスカニアV8エンジンは、2016年にデビューしたスカニアの新モデル(PGRシリーズ第2世代)に搭載されています。16ℓV8エンジンは520hp版、650hp版の選択が可能です。さらなる低回転化・高トルク型エンジンとなったことにより、パワーと燃費経済性を高いレベルで両立しています。EGR(排気ガス環流システム)を用いず、最新のディーゼル排出ガス浄化装置「スカニア尿素SCRシステム」のみでの平成28年排出ガス規制をクリアしていること、堅牢さと軽量化・構造の単純化を可能とした固定ジオメトリーターボ(FGT)の採用もトピックです。
新モデルで新たに登場した旗艦・Sシリーズにも、もちろんV8エンジンを設定。写真のS650では、最高出力650hp、最大トルクは3300Nmに至る。パワーのみならず抜群の効きを示すリターダーによって、大型重機の輸送も安全に行うことが可能。ドライバーの負担も少ない。
欧州市場で2017年に登場したXTシリーズは、重量物輸送や過酷な環境に向けて開発されたヘビーデューティ仕様。V8エンジン搭載車も設定する。XTシリーズは日本では未発売だが、今後の展開が多いに期待される。
最後にご覧いただきたいのは、「V8エンジンは陸上のみではない」という写真2点。このV8エンジンは、スカニア・ヴァビスの船舶部門が1916年に開発したもの。実は、トラック・バス用に限らなければ、スカニアV8エンジンの歴史は1969年よりもさらに深いのであった。船舶以外にもスウェーデン国内のディーゼルカーでも使用された。
スカニアの船舶用エンジンにもV8が用意されている。写真はスウェーデン海難救助協会が持つ20メートル級高速救助船「Björn Christer」で、1150hpという高出力を誇るスカニアV8エンジン「D16型」を搭載し、34ノットで航行が可能。
今年で生誕50周年を迎えるスカニアのV8エンジン。これまでの過程を顧みると、登場時のフィロソフィを持ったまま、現在まで進化を続けてきたことがわかります。エンジンのダウンサイジングの波が来ているトラックの世界ですが、スカニアの「低回転の哲学」が実現できるV8エンジンでは、今後も大排気量がもたらすメリットが省コスト化やサスティナビリティに大きな効果をもたらすのではないかと思います。
スカニアの象徴であるV8エンジンには、これからも新たな技術が続々と投入され、伝説は一層深まっていくことでしょう。
「スカニアV8誕生50周年特集」VOL.02では、「なぜV8が開発されたのか」などスカニアV8エンジンの開発秘話や、開発に関わった人たちをご紹介したいと思います。どうぞお楽しみに。
V8エンジンのスターティング音はこちら!
「スカニアV8誕生50周年特集」VOL.02〜スカニア「V8エンジン」開発秘話〜 はこちら
Text:遠藤 イヅル
Photos:SCANIA